« まえけん | トップページ | 市長が先導する市議会リコール »

罪を償う

罪を償うというのはどういうことなのか。
それは、被害者が、加害者に対して「もういいよ 勘弁してあげる」ということだと思う。

今の法律では私刑が禁止されている。
肉親を殺されても私刑にはできない。それがどんな相手だろうと。

冤罪を心配する人もいるようですが、開き直った言い方をすると、残念ながら現在、冤罪はどんな犯罪でも可能性がある。
冤罪を心配して死刑をなくすというのは、理由としてはおかしいと思う。
死刑執行してから、誤りに気づいても遅い というのだろうけどそれはどんな犯罪でも同じだと思う。
誤って刑を課したあとに冤罪が判明し、仮に国からお詫びのお金をもらったところで失った時間等は戻らない。

本来冤罪はあってはならないことなので、冤罪前提での死刑廃止の論議は議論としておかしいと思う。
冤罪の可能性があるからという理由で死刑を廃止にするのではなく、冤罪が出ないようにする事を
考える方が先ではないだろうか。

痴漢の冤罪に置き換えて考えてほしい。一度痴漢だとレッテルを貼られると職場を失ったり、家庭崩壊したりと取り戻しのつかないことになる。あとで冤罪だと分かっていてもどれだけ取り戻す事が出来るのだろうか。

普通に考えて、肉親を殺された被害者が、加害者を許すことはできないと思う。
他人の命を絶ったものは、自らの命を絶って最大限の「謝罪」をすべきだと思う。

他人を殺しても、死刑になる可能性がなくなれば、一人殺しても二人殺しても自分が殺されることは無い。
となると 凶悪犯罪が増えると思う。もしくは私刑が増えるかもしれない。
国家が被害者に代わって「死刑」という「罰を与える」ことで、ある程度のバランスを保っているのだと思う。

何のために法務大臣が執行場所を公開したのか、本心は分からないが、個人的には死刑は廃止すべきじゃないと思う。

|

« まえけん | トップページ | 市長が先導する市議会リコール »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 罪を償う:

« まえけん | トップページ | 市長が先導する市議会リコール »