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相手の気持ちになるということ

相手の立場になって物を考えることは、簡単かもしれないけれど、難しいことでもあると思う。
今回の震災に関して、たとえ話とはいえ、日本国民にバチがあたった といった類のことを口にすれば被災した人たちはどう思うか。命を失った関係者を持つ人が聞いたらどう思うか。
それが日本の首都の首長が口にしたらどうなるのか。
そのくらい小さな子供で相手の立場になって考えられる人ならできることだと思う。
日本人がろくでもないからバチがあたった。とでも言いたかったのかもしれないが、被害を受けた人間がこれを聞いて「ああそうだったのか」と納得できるだろうか。特定の地域の人の中から1万人を超える人が命を失っているのに。

首都圏のサラリーマンはもともと大変な通勤が、さらに大変になっている。
翌朝自分の通勤ルートがどうなるのか。日付が変わる頃にならないと分からない。
1時間で行けるところが3時間掛かったり。
その鉄道も東電のスケジュールに左右され、朝は動かないと言っていた路線が急に運転を始めたりもする。
代替機関は大混雑しガソリンを入手するのも楽じゃない。少なくとも4月末まではこんな毎日が続く。

コンサドーレのゴン中山が、同僚選手の奥さんが肉親と連絡が取れないことを知り、「今は何を言っても言葉が軽くなってしまう。それだけショックは大きい。身近な人間に被災された方がいるだけに、よりショックを受けている。いろんな所でいろんな方々が苦労されている。復旧のメドが立つのを祈るだけ。試合をしている場合ではない」
と語っています。

頑張っている被災者に対し部外者が「がんばれ」とか慎むべき言葉は沢山あると思う。それは相手の気持ちになればおのずと分かると思う。
何気ない一言が、特に被害を受けている人に対しては想像以上に簡単に相手を傷つけたり怒らせたりすることを深く考えるべきだと思う。
軽い気持ちで言葉を発するくらいなら黙ってみていた方が百倍はマシな時もあると思う。

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